課外のあらいぐま

被災した写真を洗浄・データ化する活動をしています。
持ち主の方が見つかっていない写真が今でも数多くあります。1日でも早く持ち主の方へお返しできるよう活動しています。

2015年02月

12/27(土)~31(水) 釜石

年末年始は岩手に行ってきました。
27日から大晦日までは釜石に滞在し、まだ洗浄・データ化されていないアルバムを整理して洗浄ボランティア団体へ発送する準備などを行いました。
201412釜石04
震災後時間が経ってからお届けのあった写真もあります。それらも今回再整理し、洗浄・データ化できるようにまとめました。
201412釜石03
現在、複数の団体で手分けをして洗浄・データ化が進んでいます。全般的には先が見えてきたように感じました。課外でお預かりしている写真も少しでも早くアルバム化し、データと共にお返ししたいと考えています。

201412釜石05
お昼や夕食はたいていこちらの大町商店街の周辺で食べていました。
大町商店街は駅から港に向かう間の主要な商業区です。震災前はアーケードがありました。現在空地になっているところも以前は隙間なくお店があり、その後ろにも飲食店街や住宅がありました。
現在は主要なホテルがこの通りにあり、営業を再開した商店も一部あります(ですが空地は多いです)。
釜石の夏の風物詩「釜石よいさ祭り」はこちらの通りをメインに開催されます。
以前製鉄所の敷地だった場所には「イオンスーパーセンター 釜石店」ができました。
右奥に見える煙突は新日鉄製鉄所の煙突です。
201412釜石01
大町商店街には『新華園本店』さんというラーメン屋さんがあります。
釜石では老舗のお店で、最近は大手メーカーからカップめんも発売されるそうです。
(明星 新華園本店 釜石ラーメン)
あっさりした醤油ベースの細麺で、中華風のスープが絶妙でした。
お店の前には「釜石ラーメン」というのぼりが出ています。
釜石のラーメンは全般的にあっさりした醤油ベースのお店が多く、ちぢれ細麺だそうです。
古くから愛されてきた地域に根ざしたラーメン屋さんです。
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大町商店街より山側に少し入ったところには青葉公園という広場があります。
青葉公園内には現在仮設商店街(AB棟CDE棟)があり、震災前に近隣にあったお店が営業を続けています。
個人的にお薦めしたいお店はランチに行った『洋食あべ』さん。
もはや言葉では言い尽くせません。とにかく美味しいのです。
この時はしょうが焼を食べましたが、前回食べたスパイシーフライドライスも最高でした。
ご主人さまがまたとてもよい方で、楽しいひとときが過ごせます。
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大晦日には年始の作業に向けて陸前高田へ移動いたしました。
三陸鉄道の南リアス線、JRのBRTを使い約2時間の道のりです。
南リアス線は津波による影響でしばらく運行が止まっていましたが、昨年の春に全線が開通しました。今後はJR山田線の釜石-宮古間も移管される予定だそうです。
久慈から盛までが三鉄一本で結ばれる日もいずれやってくることだろうと思います。
(K1)


1/1(木)~4(日) 陸前高田

大晦日の夜に釜石から陸前高田へ移動し、課外からこの日夜行バスでやってきたOさんと合流しました。そして海辺のあらいぐまさんとねこの手さんの皆さんともお会いしました。翌日から『陸前高田思い出の品』さんへ行き、『デジぐま』作業で切り出したデータとそのプリントの返却をしました。
思い出の品の返却会場は現在このような感じです。
201501高田5
以前は部屋の中心にも2列の棚があり、写真がびっしりおかれていましたが、それらの棚はなくなり畳敷きの部屋になりました。畳になってからも随分と時間が経ちますが、写真はさらに返却が進み空いた棚にはサッカーボールなどの物品が置かれています。
201501高田6
反対側の写真が置かれているスペースです。つくづく返却が進んだ結果なのだなと実感しました。ですが、まだこれだけの写真アルバムが残っているということでもあります。スタッフの皆さんは出張返却会なども含めて、毎日返却業務を行っています。
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『デジぐま』写真をプリントした写真です。
初期に洗浄されたもので、流れ落ちてしまった写真を中心にプリントしました。
劣化や流化が多く像が残らなかった写真も、データを撮っておいたことでこのように後から復元することができます。『デジぐま』については過去記事を参照していただければと思います。
今回の返却では約2000枚のデータと約1400枚のプリント写真を返却することができました。
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プリントした写真はアルバムごと整理します。Oさんに予め小分けにしていただいていたので助かりました。
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データと写真を照らし合わせ、紐付け確認をします。
返却された写真や再編されたアルバムもあります。プリントしたほうがよい写真が見つかった場合は、その場でフォトプリンターを使って出力します。
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プリント写真と現本のつけ合わせをしながらアルバムに入れてゆきます。
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職員の方と一緒にアルバム入れ作業を行いました。
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末尾にデータCDを入れてひとまず完成です。
アルバムがほころびている場合はこの際に修繕しておきます。
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左がこれから作業するアルバムです。中が作業中のアルバム。右が完成したアルバム。
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デジぐまの他には、最近お届けのあったアルバムの処置もしました。
ねこの手さんがデータ撮影・はがし作業を行いました。

現在の陸前高田の様子を少し。
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高田町のかさ上げ工事は5ヶ月前に来たときよりかなり進んでいました。
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かさ上げに使う土はベルトコンベアーで運ばれています。
コンベアーは枝分かれし各区域に効率よく運搬される仕組みになっていました。先端部が可動するそうです。
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土は気仙川を渡る『希望の架け橋』を通り、高田町へ運ばれていきます。
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気仙町では毎日正午過ぎに発破があり、山を切り崩しています。
その土が現在、対岸の高田町のかさ上げ工事で使われています。
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気仙町の諏訪神社へお参りしました。
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震災時は多くの方がこの神社に避難したそうです。
参道からは街が一望できます。
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参道の随所に震災前の街並みの写真が掲示されています。
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気仙町にあったボランティア受け入れ先の「復興サービスステーション(P@CT)」さんは1/18より米埼町に移転されたそうです。陸前高田でボランティアをお考えの方は問い合わせしてみるとよいのではないかと思います。
漁業支援や遺留品捜索活動などを行っているそうです。
課外でも捜索の際に見つかったアルバムを洗浄したことがありました。

短い滞在期間でしたが、刻々と変化していく陸前高田の姿を感じることができました。
(K1)

※報告が遅れてしまいましたが、昨年8月と11月に陸前高田思い出の品様へ返却した際のことをお伝えいたします。

8/2(土)社協分室 調整開催

社協分室を借りて、4名で静かに活動しました。
8/7七夕の陸前高田へ行くはるか君へお預かりしていた写真を託すべく、この日は陸前高田の写真に絞って最終仕上げ作業。洗浄後の写真をアルバムへ収納し、代表写真を貼り、CD-ROMをつけました。
20140802_社協1
アルバムのポケット上にファイル名を書いたタックシールを貼っています。
20140802_社協4

お預かりした全ての返却とはいきませんでしたが、完成したアルバムのいくつかを七夕の際にお持ちすることができました。
結果的にK1さんも七夕行けたので、その報告は下記で。
(松浦)


8/7(木)陸前高田訪問・七夕と写真返却

8/7は陸前高田のうごく七夕祭り、けんか七夕祭りの日です。
この日に合わせ、いくつかのアルバムを返却することができました。氏名が判明した持ち主の方へ返却できそうなアルバムもいくつかありました。
また現像の際に付いてくる「インデックスプリント」がいくつかあり、しっかり写っているものはL版に拡大プリントしてお返ししました。多少画質が粗くなりますが、小さなサムネイルよりも見やすく返却できる可能性も上がるのではないかと思います。
アルバムとしては少量でしたが、しっかりと返却ができたと思います。
201411高田返却1
課外のあらいぐまからはるか君と彼の友人、そして海辺のあらいぐま代表の方がいらして、写真返却後に彼らと共に七夕祭りに行くことになりました。

陸前高田市には現在2つの七夕祭りがあります。
高田町の「うごく七夕祭り」と、気仙町の「けんか七夕祭り」です。
双方とも地域にとって特別な位置づけにあるお祭りです。僕自身は震災を通じ出会うことになったのですが、初めてこの場に居合わせて以来惹きつけられてしまい、気がつけば3年連続の訪問になっていました。

下の写真は高田町うごく七夕祭りで駅前商店街のアーケードがあった大通りです。かさ上げ工事前最後の七夕でもあり、この日はとても印象深いものがありました。祭組の方々からもからも格別の気迫を感じました。遠くには土を運ぶベルトコンベアが見えます。現在はかさ上げ工事が始まり、この場所は土盛りがされました
201408七夕4
高田町うごく七夕祭りは山車の華麗さを披露し、町内を凱旋してまわるお祭りです。
山車には「あざふ」と言われる紙折りの飾りが施され、各祭組独自のぼんぼりを掲げています。
太鼓と笛によるお囃子と綱を引く方々のかけ声で沿道を盛り上げ、町内を巡ります。
飾りとお囃子はそれぞれ祭組ごとに受け継がれてきたものだそうです。
今を彷彿させる出で立ちであった昔の写真を見たときは感動いたしました。

山車は駅前ロータリーを一周して通りを引き返し、それぞれの町内へ帰ってゆきます。すれ違う際には、互いに威勢を張り太鼓の打ち合いになります。夜の部は明かりが灯りひときわ優麗に映えます。一斉に駅前通りに集結したときは壮観でした。沿道で見ている方々からも熱い念を感じます。
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川を挟んだ対岸は気仙町けんか七夕です。
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気仙町けんか七夕は2台の山車を正面からぶつけ合う、文字通りのけんかの祭りです。
優麗なうごく七夕とは雰囲気が異なります。山車と意地のぶつかり合い。男気あふれる熱い祭りです
201408七夕3
震災前は「鉄砲町・上八日町・下八日町・荒町」と地域ごと4台の山車がありました。震災で3台の山車が流出し、その後1台が再建され現在は「今泉組」と「気仙組」の2台の山車でけんかが行われます。
気仙町もかさ上げが予定されており、工事前最後の開催ともあり、記憶に残る熱いけんか七夕だったと思います。昼の部ではけんか後に突然の雷雨が訪れ、まるで演出であったかのような雷鳴が轟きました。雨からすばやく山車を守る祭組の方たちがとてもかっこよかったです。
マイクを握る会長からは「手の豆を土産に持ち帰ってください」と言われます。
見るだけでなく綱を引き、この手で祭りの実感を感じました。完全に声が枯れダミ声になってしまいましたけれど。
最後の太鼓が終わるまで、感慨深い素晴らしいけんか七夕だったと思います。
七夕祭りは先祖の御霊を弔うお祭りです。
次回開催の際もこの場へ訪れたいと思っています。
(K1)


11/11(火)陸前高田写真返却

11月には夏以降に作成したアルバムを返却いたしました。
11/9の活動で完成したアルバムをデータと共に再チェックし、翌々日陸前高田へ発送することになりました。
201411高田返却2
枚数の多いアルバムが数件あり、何冊にも渡るアルバムになりました。
持ち主様の名称が判明していたもので、その後担当の方より無事返却できたとの報を受けました。
201411高田返却3
返却写真とともに、課外で使用していたノートパソコンを幾台か陸前高田思い出の品さまへお送りしました。出張返却会などに使用するそうです。
思い出の品さまでは仮設住宅や集会所で定期的に出張返却会を開催しており、最近ではショッピングセンターでの開催や大船渡市と連携での開催もありました。
スケジュールについては、
Facebook(https://www.facebook.com/takata.omoide)
電話(0192-47-4848)にてご確認ください。

・・・・・
陸前高田に関するいくつかのリンクをご紹介したいと思いますので、以下参考にしてください。

ガイド
  陸前高田に関することの多くが照会されています。
●陸前高田復幸マップ(SAVE TAKATA)
  陸前高田のお店マップです。仮設店舗で営業をするお店の多くが載っています。
  これまでの冊子版に継ぎWeb版とiOS版もリリースされました。
  実際に歩きながら利用できるところがとても便利です。
●たかたび
  岩手大学の有志のみなさん「岩大E_code」さん編集によるガイドブックです。
  よく取材をされた素晴らしい高田ガイドだと思います。
  陸前高田を応援するフリーマガジン『いいことマップ』の発行もされています。

ボランティア
  漁業支援・捜索活動など。陸前高田市内でのボランティアを検討している方はお問い合わせください。
  気仙町にあったセンターは最近米崎町へ移転しました。

宿泊
陸前高田市観光物産協会(宿泊) 
  だいぶ増えました。

仮設商店街

産直・物産
いわて銀河プラザ(東京・銀座アンテナショップ)

  市内には地元で採れた野菜や海産物が買える産直ショップがいくつもあります。
  大手スーパーもありますが、産直ならではの新鮮な食材が買えることは大きな魅力です。
  また東京には東銀座に岩手のアンテナショップ「いわて銀河プラザ」があり、様々な物産を
  購入することができます。不定期で下北沢などでも物産市が行われています。

伝え切れないほど魅力がありますが、さらには足を運んでいただければと思います。
(K1)

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